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憲法改革とヴェニス委員会

  最近は色々な方とお目にかかる機会が割りと多いのですが、全く別の複数の機会に、「ヴェニス委員会」という名前を聞くことがあり、少し調べてみました。
 ヴェニス委員会は、ヨーロッパ評議会(Conseil de l'Europe)のもとに設置された機関で、ヴェネツィアに本部があることからこう呼ばれています。
 ヨーロッパ評議会は、EUとは別の、人権・民主主義・法の支配の擁護を目的とする汎ヨーロッパ的な国際機関(本部ストラスブール)で、現在ではトルコ、東欧、ロシアを含む47か国が加盟し、日本やアメリカといった非ヨーロッパ諸国もオブザーバーといった形で参加しています。そのもっとも有名な活動は、ヨーロッパ人権条約に基づき設置されているヨーロッパ人権裁判所のそれであり、日本でも判例集が出版されるなど、よく知られています。
 ヴェニス委員会は、1990年、当時続々と民主主義体制に移行中であった東欧諸国に対し、憲法問題に関して助言を与えることを目的に設置され、正式名称は「法による民主主義のための欧州委員会」というものです。参加国はヨーロッパ評議会の加盟国のほか、現在では非加盟国も正式参加が可能となっており、韓国などは正式に参加しています。他方、日本やアメリカなどは、オブザーバーとしての参加です。
  参加各国は1名ずつ委員(と予備委員)を出しますが、委員は各国代表というよりは個人の資格として活動するものとされています。委員は、憲法学や国際法の教授や、各国憲法裁判所の裁判官などが中心で、ドイツのホフマン・リーム教授(元連邦憲法裁判所裁判官)や、フランスのコリヤール教授(元憲法院裁判官)、アメリカのルーベンフェルド教授(イェール大学ロースクール)など、日本でも知られている名前も散見されます。他方、日本は、在ストラスブール総領事館駐在の公使(裁判所から出向の若手裁判官)が参加されています。
 具体的な活動内容としては、憲法制定の際の助言や、立憲的な政治制度の運用(憲法裁判や選挙など)に対する支援が主なものですが、あくまでも非支援国の自主性をベースに、押し付けをしないという方針で活動をしているようです。しかし、聞くところによれば、非支援国においては、ヴェニス委員会の見解が大きく報道されることもあるようで、実際の影響はかなりのものです。さらに詳細については、アルバニアとウクライナの例が、山田邦夫「欧州評議会ヴェニス委員会の憲法改革支援活動」レファレンス2007年12月号で紹介されています(また、樋口陽一「体制移行国に対する立憲主義の"移植"」も参照)。
 さらにヴェニス委員会は、ユニデム(UniDem)と呼ばれるものを始めとする各種セミナー開催や、各国の憲法判例の収集、データベース(CODICES)化など、様々な活動をおこなっています。
 日本でも法整備支援ということで、アジア諸国等の法典起草支援などの努力がなされていることは聞きますが、民刑事法の分野が活動の中心であるように見受けられます。これは、アジア諸国では東欧諸国のように政体の大変動といった事情が少なく、(民主的か否かは問わず)所与の多少なりとも安定した政体の下で、近代的な法体系とその担い手を整備することが主たるニーズであることによるのだと思います。他方で、日本の憲法学の側に、いかにしてよりよい憲法制度を設計するのかという視点が欠けていることも事実かもしれません。このヴェニス委員会の活動については、日本では、立憲主義や人権の普遍性というようなやや抽象的なテーマに即して引き合いに出されることがあるのかもしれませんが、これ以外にも示唆するところがあるようにも思います。


アルザス出張記

 今週はアルザス・欧州日本研究所(CEEJA(セージャ)http://www.ceeja-japon.com/)主催の講演会のため、アルザスに出張しました。ストラスブール大学の教授との面会等もあったので、前日にストラスブールに入りました。今回の講演会は同大学で行われるのですが、CEEJAそのものはストラスブールの南、電車なら小1時間ほど行ったところにあるコルマールという街(ここは大変美しい街で、観光的にも有名です)の近郊、キエンツハイムという小さな村にあります。
 ということで、講演のある夕方までに一度CEEJAを訪問してまた戻ってくるという話になり、当日の朝、ストラスブールまで車で迎えに来て頂きました。道中諸々雑談をしているうちに、コルマール近くのやはり小さな村にある有名なジャム店(「フェルベール(Ferber)」)の話になり、「近くですし、せっかくなので寄ってみますか」ということで、お土産を買うことができました(日本の伊勢丹で買うとジャム1瓶1785円だそうですが、ここで買うと5.5ユーロ。さらに月替わりのサービス品は4.5ユーロ。それでもジャムとしては高いですが)。以前来たときは、公共交通機関でストラスブールからコルマールを経て一日がかりで行ったのですが、車があればあっという間です。
 さて、CEEJAというところは、前述のように小さな村にあるのですが、その活動は大変活発で、日本に関する硬軟様々なテーマのシンポジウム、講演会、展覧会等を多々組織しているほか、今回の訪問では、まもなく欧州在住の日本語教師の研修会を開催するということで、その準備が進んでいるところのようでした。実際、ここには宿泊設備も整っており、このような泊まりがけの研修会も可能だということです。図書室もあり、日本語書籍が多数置かれています。フランスでこれだけの日本語資料を見るのは、パリの日本文化会館以外では初めてです。さすがに法律書は少ないですが、有斐閣の法律学全集が揃っていたのは驚きです。憲法関係では、『日本憲法史』(有斐閣)という通向けの本もありました。写真を撮るのをすっかり忘れていたのが残念です。

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 一通りCEEJAを見学してストラスブールに戻り、講演開始時間になりました。話はねじれ国会において、フランスの議論にも示唆を受けつつ展開してきた90年代以降の二大政党制と政権選択選挙の実現を指向する方向性に課題が突きつけられているというような内容です。講演者にネームバリューがないせいも多分にありますが、実は大学はすでに休みに入っており、一部残っている学生は試験中という大変悪い時期であることもあり、来場者は若干少なめでしたが、その分熱心な方が多く、質疑の時間が30‐40分に及んだように思います。
 その後、主催者側の方々と夕食をしてお開きになりました。La Table de Christophe (http://www.tabledechristophe.com/)というお店でしたが、かなり当たりの店でした。軽めで洗練されたフランス料理ですので、アルザス料理のボリュームと重さを一通り味わったあとにはちょうど良いと思います。
 長い一日でしたが、歓待して頂いたCEEJAの方々、とりわけ一日アテンドして頂いたセシルさんには厚くお礼を申し上げたいと思います。


講義が終わりました(シアンスポ③)

  以前お伝えしたフランスの違法ダウンロード対策法案ですが、6月10日に憲法院の判決が出ました。フランス人権宣言(1789年)11条の表現の自由はインターネットへのアクセスの権利を含むとした上で、違法ダウンロードを繰り返すユーザーに対して警告の上インターネットを切断するという制裁を独立行政委員会(Hadopi)に与えるのは違憲であるという判断で、国内外の大きな反響を呼んでいるようです。この件については、追ってもう少しフォローしてみたいと思います(以前も似たようなことを書いたような気もしますが・・・)。

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【憲法院の評議室】

 それから、6月中旬から下旬にかけて、3件ほど講演をさせて頂くことになりました。詳しくはこちらをご覧下さい。
 さて、今週でシアンスポのパリキャンパスでの講義もようやく終了し、2月のリール、4・5月のルアーブル、そして2月末から今週まで続いたパリの講義もすべて終了です。きちんとできたかは怪しいですが、とりあえず無事に終わってほっとしているところです。
 パリとルアーブルの講義は、日本で言う情報法のような内容でした。といっても、日本では情報法という科目はあちこちで開講されているものの、その内容はばらばらだと思います。今回は、憲法寄りの内容のものです。それから、最初はシアンスポ側から何を求められているのかよくわからず、日本法の紹介を中心とする企画を持っていったのですが、地域研究ではないのだからといわれ、扱う項目は同様でも、フランス法やヨーロッパ法と、アメリカ法、日本法を比較するというような内容に変更しました。とはいえ、準備期間もほとんどなかったので、それほど立ち入った比較はできませんでしたが。
 受講者は2年次の学生で、専門分化していないこともあり、学生の反応は様々のようでしたが、一部の学生は割と関心を持って聞いてくれていたと思います。後述のように最後にテーマ自由のレポートを課したのですが、こうした学生はかなり力の入ったものを出してくれました。
 シアンスポの成績評価は割と厳しく、出席要件のほか、3回のコントロール(小テスト、発表、レポート等)をしなければなりません。学生ごとにA4で1枚のシートに、点数、出席状況、受講態度などを記入することが講義担当者に求められており、なかなか大変そうです。
 コントロールについては、小人数クラスなので発表をしてもらうのが良いのでしょうが、発表を聞いて個別に評価するのは、語学的に難しいので、小テスト2回と最後に5-10頁ほどのレポート(テーマは講義に関係があれば自由)を課すことにしました。講義の最終回は、希望者にレポートの口頭発表(評価に無関係)をしてもらいましたが、4,5人の志願者があり、ゲソー法(ホロコーストを否定する言論を罰則付きで禁止する法律)、インターネット上の個人情報保護、障害者のインターネットアクセス(報告者は弱視のハンディキャップを抱えた学生)など、興味深いものでした。ほかにも、冒頭でも紹介したHadopi法の研究や数年前に問題となったムハンマド風刺画問題、さらに、留学生が多いこともあって自国の問題を検討することを奨励したためか、カナダやノルウェー、ドイツ、さらにはコロンビアなどの表現の自由やプライバシーに関わる問題が扱われているようで、中々興味深そうです。

ヨーロッパ議会議員選挙とエストニアのインターネット投票

 本日(6月7日)は、フランスにおけるヨーロッパ議会議員選挙の投票日でした。ヨーロッパ議会は、近年権限が強化されてきているとはいえ、まだまだ市民にとってはなじみが薄いようで、毎回棄権率(フランスでは投票率とは言わずこのように言います)の高さが話題になります。今回の棄権率は約6割に上り、過去最高だと言われています。投票率は4割ということになりますが、フランスでは選挙人名簿への登載は原則として自ら手続をとらなければ行われないので、実際の投票率はもっと低いと思われます。とはいえ、比例代表制で行われるヨーロッパ議会選挙は、国内議会では当選のおぼつかない小政党にもチャンスがあるため、その意味では国内的にも重要かと思われます。

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 ところで、この関連で先日のルモンド紙に、エストニアのインターネット投票の特集が出ていました。日本でも一部では知られているようですが、この国の電子政府化は大変進んでいるようで、電子政府化全般も電子投票も中々普及しない日本とは大変対照的です。
 エストニアでは、国民はICチップ入りのIDカードを所持しており、これを利用して自宅や職場、ネットカフェのパソコンからインターネットで投票ができるとのことです。すでに2005年の地方選挙、07年の総選挙で試行されているとのことですが、当初はやはり懸念の声もあったようです。例えば、ネット投票では、夫による妻への、あるいは職場の上司から部下への投票の強要のおそれがあるとか、選挙運動員が高齢者の自宅を回って自陣営への投票を誘導するおそれがあるとかの批判です。また、地方在住者や高齢者を主たる支持層とするような政党からは、この方式が選挙結果に及ぼす影響を懸念する声もあったとのことです。
 今回のネット投票は、5月28日から6月3日の間に何度でも行うことができ、新たに投票した場合には、先の投票は自動的に削除されます。また、6月1日から3日の間には投票所も開設され、ここで投票すれば先に行ったネット投票を取り消すことができるほか、7日には、やはり同様に再考の機会があるということです。投票率に関しては、ネット投票により30パーセント割れが懸念される投票率を多少押し上げることが期待されています。
 エストニアでは、ネット投票のほか、上記のIDカードが普及していることにより、様々な行政手続等がネット上で可能となっており、現に利用されています。例えば、今年は、納税者の92パーセントがオンライン上で申告を行い、また、銀行取引の98パーセントはネット経由だそうです。ほかにも、親が子どもの学校生活(成績、出欠、出来事、宿題等)をネット上でチェックすることが可能ですし、駐車場や公共交通機関の支払いもこのカードを読み取り機にかざすことで行うことができるということです。
 このカードはさらに進化中で、携帯電話へのICチップの登載が進められているようで、2011年の総選挙では携帯電話からの投票も予定されています。日本の住基カードとはずいぶん様子が違いますが、この手のものは、普及するには多くの場面で使えるようにし、利便性を上げることが必要ですが、利便性を上げれば上げるほどプライヴァシー面での不安が高まるというジレンマをどう克服するかということでしょうか。

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