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イスラム女性のスカーフ着用を巡る訴訟が増加しているとの報道。

 フランスに関心をお持ちの方であれば、この問題が近年のフランス社会における一大トピックとなっていることを多少ともご存知かもしれません。とりわけ、2004年に、公立学校において児童・生徒が「宗教的帰属をあからさまに示す」標章や服装をすることを禁止する法律(現在では教育法典L141-5-1条に編入されている)が制定された際には、日本でも議論を呼びました。
 このスカーフ問題に関して、最近はスカーフ着用を理由とする差別的取り扱いに関する訴訟が増加しているとの報道がありました(4月18日付ルモンド紙)。この記事では、具体例として2件紹介されていますが、最初の例は上記の法律と若干のかかわりがあるものです。すなわち、国際法の修士号を持つ38歳の女性が、民間企業が公立高校の校舎を利用して行っている職業上の研修としての英語のクラスの受講を、スカーフ着用は上記法律に反することを理由として途中で拒否されたというものです。上記の法律は、児童・生徒が適用対象であることは文言上明らかなので、この女性はこのような措置は法律の不当な拡大解釈であるとして提訴したという訳です(現在審理中)。
 次の例は、南西部の大都市トゥールーズの大学で微生物学を専攻する25歳の女子大学院生が、同大学のリサーチ・アシスタント(allocataire de recherche)に採用されたものの、スカーフを着用しないようにとの大学側の求めに従わなかったために解雇されたという事案です。大学側は、公務員である以上、スカーフ着用は認められないとの立場のようですが、院生はこれには納得せず訴訟提起をしたということです。この事件は、記事当日に判決が出ました。翌19日付ルモンド紙によれば、トゥールーズ地方行政裁判所は彼女の訴えを棄却したとのことですが、コンセイユ・デタに上訴する意向のようです。

Mosquée de Paris.JPG
パリのモスク


 ルモンド紙によれば、これらの例に示されるように、最近は差別を受けたと感じるイスラム教徒が訴訟を提起する例が増加しているとのことです。同種の例は職場、職業訓練、大学、娯楽の場(スポーツクラブでスカーフをとるよう求められた例)、自動車学校など様々な場で見られるとのことです。
 冒頭の法律は、公立学校という特殊な場に限って、政教分離の憲法原理や、普遍主義の政治思想、さらには他の生徒の権利(何の?)を理由として制定されたものですが、スカーフに対する強力な否定的なメッセージ効果があり、これとイスラム教徒に対する差別感情とが共鳴してこうした事例が社会のあちこちで発生しているものと見られます。
 そもそも、政教分離や普遍主義といっても、こうした思想の登場した18世紀末や19世紀とは異なり現在のフランスでは、キリスト教の優越性の事実上の承認の下に成り立っているように見えます。文化国家フランスでは文化財保護を目的に膨大な公金が使われていますが、かなりの部分は各地の大聖堂などキリスト教施設の修復に使われていますし、以前も報告しましたように、キリスト教の祝日には区役所は大々的にイルミネーションを飾りつけ、大学食堂にもクリスマスツリーが飾られます。パリ第2大学隣にある名門公立高校ルイ・ル・グラン高校の教室にもクリスマスの飾りつけがあるのが窓越しに見えました。
 これらは特定宗教への肩入れではなく伝統文化だということなのでしょうが、確かに文化的伝統・習俗とキリスト教は不可分なのかもしれませんが、政教分離や普遍主義をあえて言うのであれば、この両者を切り分けていくという不自然で痛みを伴う試みにもっと自覚的であってもよさそうです。もっとも、先日たまたま参加した研究会での席上のフランス人(おそらくキリスト教徒)は、「普遍/特殊」の対比を「我々/イスラム教徒」と同視する発言を堂々としており、ひっくり返りそうになったことがありました。
 本来、このような、伝統的なあり方を中立であるとか普遍だと安易にみなすやり方にこそ警戒が必要なわけで、それなしにイスラム教徒(やその他の宗教的少数派)のみに負担を求めても、通俗化されたフランス共和国の物語を最初から共有しない人々にとってはもちろん、物語の本筋と思しき点に共鳴する人々にとっても説得力を欠くように思われます。
 イスラム・スカーフ問題が政教分離(ライシテ)原理に原理的な問題を投げかけているのだとしても、日本人がこの問題にあえて取り組むとした場合には、フランス人とは違ったやり方があるのではないでしょうか。

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