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憲法改正は不要だそうです―ヴェイユ委員会報告書

 08年12月17日、憲法前文の改正の要否について諮問されていた有識者委員会(委員長シモーヌ・ヴェイユ氏)が、当初今夏とされていた期限から大幅に遅れて報告書を提出しました。諮問されていたのは、私生活保護に対する権利、人間の尊厳に対する権利といった新しい権利や、「積極的差別」の原理を憲法前文に規定すべきかどうかといった点ですが、今回とりわけ注目されたのは、最後の「積極的差別」の原理です。
 もともと、フランスでは共和主義的な市民平等原則の下、移民やその子孫に対する差別が深刻化し、2006年には大都市郊外で大規模な暴動に至ったのも記憶に新しいところです。そこで、不利な立場におかれている人々の集団を人種・民族的な基準で選び出し、特別な措置を行うという「積極的差別」(アメリカで言うアファーマティヴ・アクション)の導入が議論になってきたところです。しかし、現行憲法上このような措置は不可能であるとされています。こうした憲法の立場は、論者の多くも積極的に支持しており、共和国の普遍性に対してはなお根強い支持があるような印象を受けます。
 サルコジ大統領は、従前よりこの積極的差別措置の導入を主張しており、冒頭のような諮問に至ったわけです。しかし、提出された報告書は、積極的差別の対象となる集団の十分な定義は不可能であるし、また、積極的差別政策には弊害もあるとして、この原則の憲法への明文化に消極的です。アメリカや南アフリカ、インドのような積極的差別を実施している国においては、かつて法律上人種差別が行われていた歴史を有しており、それを是正するためにこうした政策が採られているのであるが、フランスはこうした国々とは異なるのであって、これまでの方向性を発展させていくべきであると報告書は述べています。なお、冒頭に挙げたような新しい権利に関しても、すでに人権条約や法律に規定があり、憲法に規定する必要性が乏しいとしてやはり消極的です。
01_12[1].jpg 大統領は、オバマ氏のアメリカ大統領当選にも触発されて、改めて積極的差別に関して前進を図ろうとしているようですが、今回の報告書を受けて、正面から積極差別を導入することは断念し、従来から行われてきた施策を充実するという方向に進まざるを得ないようです。報告書の提出を受けた日の午後、大統領はもっとも権威の高いグランド・ゼコールの1つであるエコール・ポリテクニークで演説し、困難な地域在住(人種・民族ではなく住所を基準としている点に要注目)の学生向けに公務員試験準備クラスの設置、2010年度に高校の特別進学クラスの定員の30%(06年で22%)を奨学生に割り当てること、匿名履歴書(移民系の氏名を持つ応募者を書類選考段階で排除することを防ぐため近年採用が推奨されている)を大企業100社において実験的に採用すること、政界における多様性促進を評価する委員会の創設、テレビ番組における多様性を促進することなどの目標を設定しました(演説のビデオはこちら↓)。
http://www.elysee.fr/webtv/index.php?intHomeMinisterId=0&intChannelId=3&intVideoId=868
 なお、匿名履歴書については、ある市民団体が2004年に行った興味ぶかい調査が紹介されています。同じ内容の履歴書を企業に送って反応を見たところ、フランス風の氏名を持つパリ在住の白人男性の場合、75の企業から面接通知が届いたのに対し、同様の男性が郊外の問題を抱えた地域在住の場合には45、モロッコ風の名前の人の場合には14だったというものです。
 また、近く予定されている内閣改造において、機会の平等を担当する政務次官ポストを創設し、有名な反人種主義市民団体SOSラシスムの元会長で、野党・社会党の全国評議会構成員のブチ(Malek Boutih)が就任する可能性があると報道されていますが、本人は否定しています。


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