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乗っとられた表紙

 どうもこんにちは。長らく続いたメトロなどのストライキもようやく収まり、昨日(23日(金))から平常に戻ったようです。ストライキ継続中は図書館が突然休館になったり、間接的な影響も色々ありました。前回、あまり影響はないと書きましたが、やっぱりありました。大変大変。

 ところで、今回はそろそろ生活関係の話題にしようかと思ったのですが、興味深いことがありましたので、引き続き法律関係のお話をさせていただきたいと思います。この写真は今週発売の週刊誌VSD(若干柔らかめの週刊総合誌)の表紙です。

 表紙の下半分の文章は「VSD誌の責任が認められる」「パリ大審裁判所(民事プレス専門部)は、2007年10月1日判決により、VSD誌を発行するVSD社が、同誌2007年2月21-27日号においてベルトラン・カンタの私生活及び肖像権を侵害したことを認めた。」という趣旨です。左上の題字の下には、「ベルトラン・カンタ、本誌を攻撃」「VSDは同氏に答える」といった見出しが付されています。そして、写真の人物が、ベルトラン・カンタ(Bertrand Cantat)です。
 この文章は、もちろん、裁判所の判決に基づいて掲載された「コミュニケ」です。同誌の今回の号は、上記見出しにあるように冒頭4ページに渡ってこれに関する記事を掲載し、「情報を提供する権利」を擁護しています。このようなコミュニケは、日本で行われている名誉毀損に基づく謝罪広告掲載と類似のものですが、表紙にこれだけの大きさで掲載されることはフランスでも異例であると思われますので、紹介したいと思います。

 ベルトラン・カンタは、日本では(たぶん)あまり知られていないと思いますが、フランスの人気ロックグループ、ノワール・デジール(Noir Désir)のリーダー格の歌手だった人物です。2003年7月、カンタは当時のパートナーであった女優マリー・トランティニヤン(父親は日本でも知られる俳優ジャン・ルイ・トランティニヤン)に暴行を働き、トランティニヤンはその後死亡します。カンタは懲役8年の実刑判決を受けますが、刑務所での模範的な服役状況から、今年10月には仮釈放されました。ただし、被害者の母親はこれに反対し、大統領に直接働きかけを行ったことなどが報道されており、仮釈放の是非自体も論議の的であったようです。
 この事件は、当事者双方(及び被害者の両親)が著名人であったことに加え、フランスでは児童虐待以上に、カップル間における女性に対する暴力が社会問題化していること(2007年大統領選挙の際、セゴレーヌ・ロワイヤル候補の公約にも取り上げられたと記憶しています)から、きわめて大きな反響を呼びました。
 今回のコミュニケの掲載は、カンタが刑務所で服役している際の写真(このような写真が公表されることはフランスでも常態ではなく、法務当局が経緯の内部調査を始めたとのこと)を掲載したことがプライヴァシー侵害及び肖像権の侵害であるとされ、35000ユーロの損害賠償とコミュニケの掲載が命じられたものです(判決文未見のため、詳細は不明)。ちなみに、同誌は、2004年にもカンタの手錠姿の写真を掲載したとして損害賠償を命じられているとのこと。

 日本では、実務上、名誉毀損に対する謝罪広告の掲載は金銭賠償では十分でない場合の補完的な救済手段としてとらえられており、実際に謝罪広告の掲載が命じられることは必ずしも多くはありません。また、プライヴァシー侵害の場合に謝罪広告の掲載を命じることができるかについては争いがあるところです。
 これに対して、フランスでは、判決の結論の掲載を命じることは救済手段として活用されているように思われます。無罪推定に対する権利を規定した民法典9-1条では、有罪判決を受ける前に有罪である旨報道された場合、裁判官はコミュニケの掲載を含む措置を命じることができるとしているほか、名誉毀損やプライヴァシー侵害に対する民事訴訟でも、金銭賠償と並んで賠償の一形態としてコミュニケ掲載を命じることが行われています。
 コミュニケ掲載が命じられた場合には、当該雑誌はそれに対する批判記事を同時に掲載することが当然可能です。今回は表紙の大部分を割いての掲載が命じられた異例の事案だったこともあり、VSD誌は冒頭特集として批判記事を掲載したわけです。もっとも、この記事に対しては、カンタは反論権を行使し、言い分をそのまま掲載させることができるはずです。
 今回の事案は、刑務所内での服役の様子の写真を公表するものであった点で、プライヴァシー侵害の度合いは高いと思われますが、他方で、パートナーへの暴力問題への関心を提起した事件であったこと、仮釈放の是非が論議の的となっていたこと、カンタはそれ以前には刑務所での様子のルポの掲載を認めたことがあったこと、などの事情もあるようであり、表紙へのコミュニケの掲載という経済的にも重い負担を課す(他の見出しが掲載できず販売に悪影響のおそれがある)判決は論議を呼びそうです。

 

 


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